傘は雨。
窓硝子をリズミカルに縦に割っていくのを珈琲片手に小説横目に摂取するのも良いけれど、こんな日は傘を持って外に出るのも乙である。
どんな姿かたちでも無限に愛せるわけではなく、好きがゆえ少々こだわりがあって、まず折りたたみではなくて蛇腹のほう。複雑に骨と生地が絡み合う技術には目を見張るものがあるが、ここはひとつ、鞄に忍ばせず堂々と所持していたい。折りたたまない傘は雨以外では完全に邪魔でしかないはずなのに、「傘」というだけで必需品として、細長を持ち歩くことが公式になるのが面白い。これが突っ張り棒や箒ではそうはいかない。
さした形も素敵で、人形用やディスプレイのミニチュア傘も良い――事実、我が家にはガチャガチャをまわしてゲットした小さな傘がたくさんある。たくさんとはどのくらいかと今数えてみたら実に8本であった――が、持つ使うを考えると大きいほうがなにかと都合が良い。直径55センチだとシルエットはかわいらしくあれるが肩先が濡れる。70センチまで行くと相合傘にはもってこいだが平均身長女性が持つにはちと不格好。60~65センチが自分には望ましい。華やかな装飾が施されている傘は小ぶりが多い。コンビニにあるビニール傘でも満足なのだ。
おろしたばかりの新品の、撥水された生地の上に、表面張力を存分に発揮して居座る雫たちを降りおとして、布をきつく巻いていくのもわくわくする。先まであんなにぴんと張りつめていたアーチが一寸の隙にこんなに委縮するさまを目にできるし、細く細く片付ければ襟を正して規則的なひだが復活する。開くと閉じるでこんなにも印象が違う、ふたつの顔を持つなんて憎いお方だ。
傘は文字。
漢字もとてもユニークで、象形文字として完成度が高い。四人も入れる屋根はどちらかというと東屋かもしれないが、妖精さんと思えば納得できる。「雨」と合わされば最強である。脳裏にはロンドンの街並みが浮かぶ。いや浮かばないかもしれない。好きな熟語を挙げるとしたら雨傘、好きなフランス語はparapluie。いっとき各種SNSのIDなんかにも使っていた。もし零崎姓を名乗るとしたら傘織がいい。本名は「サオリ」ではない。
学生の頃、なんでだか教職課程を選択していて、必修科目の中に書道があった。なんでだか、とは現在教育関係の仕事には就いていないからで、そもそも社会人になって教鞭を取ったことはなく、先生と呼ばれる立場だったのは教育実習と在学中の個別指導塾のアルバイトのみ、そこではこれまたなんでだか金髪だったので金髪先生と呼ばれていたのだが、前々回のhttps://teigasitusyori.com/4723/でも触れたのでいい加減置いておいて、年度の終わりに好きな言葉を感性のままに書す回があり、迷わず「雨傘」を選んだ。筆より生まれし屋根部分のはらい、雨粒の点々が続くさまは美しい。お手本の文字をようく見つめたとき、「傘」の中身が「メ」じゃなくて「人」だと初めて知った。信じて疑わなかった二十数年の人生であった。この傘小噺を書くにあたりちゃんと調べたら、中身は案外バリエーション豊富で、「×期」や「メ期」を経て落ち着いたそう。好きな字を漢字テストで間違えた記憶はないから、巧妙な鉛筆運びで奇跡的に回避していたのだろうか。
傘は夢。
おまけにこのシロモノにはたくさんの使い道がある。
街中の散歩に沿わせればステッキ、週末のカフェでは場所取りを買って出てくれるし、待ち合わせでは目印として活躍。向こうにある建物を指させ、分岐では道しるべ、地面を帳面にペン、不審者がいれば武器へと大変身。開いたら開いたで、雨や紫外線はもちろん、目を合わせると気まずい気になるあの子やこの時間に屋外を歩いていることを知られたくない上司から守ってくれる。最近ではさまざまなキャラクタのめじるしアクセサリィを取っ手につけ、コンビニの無造作な傘立てから逃げ出すのを防いでいるものも目にするようになった。傘もお洒落する時代の到来である。
ナニーが空から降りてきたり、紳士エージェントが銃弾を防いだり、一つ目一本足で化けたり、人気のペンキ塗り合戦でも武器にあるくらいなので可能性は無限大。
毎晩寝る前に構想を練った理想の傘はなにくわぬ一本六百円の顔をして魔法陣を描けるし、刀剣の一撃くらいであれば打ち返せるし、開けば隕石なんかもへっちゃらだし、跨ったら浮けるし、石突の先端から光線が出る。

そろそろとっ散らかって終わりがわからなくなってきた。でも大丈夫。
最先端なので、手元の釦を押せばほらこのとおり、ワンタッチで閉めることができるのでした。
初出:同人誌ブログ「写真と文」寄稿 2025/01
※ちなみに雨女です。写真は2018年5月撮影、植田正治さんの『砂丘モード』オマージュ。

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