く:くうねるところにすむところ/places to eat and sleep to live

エッセイ

ヒヤパ ヒヤパ

はじめに

 いち人間が人生で経験する引越しは平均4回、という説があるらしい。ハイグレードなタワマンやデザイナーズマンションを雲の上として眺めるのも社会科見学にはなるけれど、部屋と部屋の間をトンネルをくぐらないと行き来できなかったり、入口開けたらすぐ螺旋階段だったり、リビングへの通路が30センチくらいしかなかったりするような、個性的な、いや癖ありな、違うトンチキな物件を延々と紹介するYouTubeが好きで、たまに見漁っている。すると、ちゃっかりアナライズされ挟み込まれた広告で、やたらと高い女性の声がそう言うのだ。んな阿呆あほうな、こちらもつい声を出したくなる。

 まんまと引っかかったのでそれ以降会う人会う人に尋ねてみているのだが、意外とそうらしい。実家が二世帯で初めから立派な戸建てに生まれゼロ回だったり、海外留学時代に回数を稼いで2桁だったり様々で、ならして4回になるのかもしれない。2人の妹の数字も確かめてみたら、それぞれ4と3だった。 私はというと、人生において現時点までで計8回引越しをしている。そんな少ないわけなかろう、のほうの「阿呆な」である。

 引越し回数が多いのはつまり賃貸を転々としているからで、そろそろ落ち着いたほうが良いのかもしれないが、生き急ぎすぎて毎週末どこかしらへ出歩いてリフレッシュしないと平日の社畜ができないたちで、きっと貯蓄も時間も他人よりない。それに、散歩で目がいくのも空より植物より賃貸なのだ。例えば先のチャンネルで流れていそうな物件をお見かけしたら、住民以外の人間の趣向で建ったいわゆる「公式」が、なぜこんな愛らしいへんてこを個性にしているのだろう、と、考えながら歩くのが楽しいからだと思う。引越しもタダではないので改めたほうが良い考えではある。

 ついでに人間の睡眠時間は24時間の1/3、つまり人生の1/3は身体を床と平行にしているらしい。イコール最低でも人生の1/3は家にいるということ。快適に暮らせるにこしたことはないが、悲しいかなおもろ物件動画を好むさがなのか、これまで住んできた家には多かれ少なかれなにかしらあったりなかったりするもんだから、お察しである。生意気にもいくつか列挙していくので、年度末のこの時期、新生活が待っているみなみなさまの参考には一切ならないが、酒の席で家にまつわるトークが始まったとき話せる引き出しの肥やしくらいにはなるであろう。

実家

 実家扱いできる場所も3箇所ある。1番長く住んだのは引越した時点で築35年超の木造家屋だった。リフォームする前はリビングにシャンデリアがぶら下がり、掃除機や自転車がまるまる残置物としてプレゼントされた(もちろん然るべき手数料を払って処分した)。

 ごりごりのオリジナルが歯向かってくる2階建てだったが、クレイジィなのはデザインだけではなかった。木造の特徴、すこぶる風通しが良いのだ。すきま風が入ってこない場所が存在せず、風の強い日はつけてもない台所の換気扇の羽がハムスタに遊ばれているようにからからと回り続けていた。この家での完全密室殺人は無理だろう。夏は寒く冬はもっと寒かった。畳の寝室は障子に銀色の断熱シートを全面張ってもどうともならず、障子の内外うちそとにそれぞれ二重レールのカーテンをいたばっかりに、寝室に入るのにカーテンカーテン障子カーテンカーテンとスライドせねばならなかった。寄木細工のひみつ箱か? 朝目が覚めると大体どこにいても息が白いし、冬の風呂場は室内ながらに露天風呂の様相という大きな矛盾をはらんでいた。

 おまけに全体的にほんのりと歪んでいて、自分の部屋は床に職人の手つきでビー玉を置けばかすかに転がった。遊びに来た友達がそのエッシャー的構造をドア時点でみ、部屋へ入るのに身構えるほどだった。地震で開かずの窓が開くようになり、別の戸が開かなくなった。余談だがわたしは廃墟が好きで、世間話の折実家が築50年オーバだと伝えると「だから廃墟が好きになったの?」と返されることがある。住んでいるから現役施設よ! ただ否定すべきはそこでとい本体へは真っ向から否定できないため、深層心理に刷り込まれた古い家屋への思いが廃墟へと向かわせているのかもしれない。

 そんな実家も最近引越ししなんと新築の鉄筋になった。これは9回目にカウントすべきかと微妙なところである。

レオパ

 まだ一例? 長くね? と思ったそこのあなた、頭でっかち尻すぼみの典型になる予定なのでご安心を。2年間、茨城県は水戸市のレオパレスに住んだことがある。

 新卒で入社した会社の借り上げ社宅だった。実家が上述の通りこんななので、築25年のワンルームはたいそう魅力的に映った。壁があるのをいいことに――古い家は窓が大きい。実家は部屋の二面が上から下まで窓、一面が押し入れだった――壁一面にずらりと段ボールのまま漫画を並べ立て、仲が良いというか、みな社の戦略であえて馴染みのない地に配属され周りに友達がいなかったので、休みも職場の人間しか気軽に会える人がおらず、かわるがわる同期をレオパレスに招待したりレオパレスに招待されたりしており、絨毯に寝転がり漫画を読みながら「棚を買え」と幾度となく助言される配置をしていた。

 ロフト物件だったのだが噂の壁の薄さは真実で、隣人のいびきや赤ちゃんの泣き声(これはワンルームになぜ? ではある)、かけている音楽もちゃんとわかる。お経が流れてきたときはNHKラジオから能を流し対抗したものだ。出張も多く不在の間に水道が止まったり、手書きの宗教勧誘の手紙が投げ込まれていたりした。同期たちのレオパレスにお邪魔しすぎて、レオパレス鑑定士準2級(外観でこの建物はレオパレスだと分かる)を所持している。

カビてる家

 2階でそんなに日当たりも悪くないはずなのにとんでもなくカビだった賃貸があった。3路線徒歩圏内、鉄筋造り、エレベータ・ウォシュレットつきで最高だったのだが、カラクリは環状線沿いの立地にあった。騒音対策としてすべての部屋が二重窓になっており、実家と違って密閉性が国家レベルであった。結果、壁がかび、畳が腐り、布でできたありとあらゆるものが駄目になった。衣装かけのどこまでの服が黒ずんだかでカビの及ぶ範囲を測ることができたし、カビを食べるチャタテムシが大量発生し、その生態に詳しくなった。熱さ寒さでは死なず、メスだけで繁殖するんだよ! トイレの壁の塗装がばかになって天井から紐が降りてきているみたいに見え、そこから着想を得て創作文章を書いたこともあった。カビキラーをかない日はなかったし、なんならあの匂いが部屋に充満していると安心すらあった。

 引越し前の大掃除が過去一大変で、洗濯機をどかしたときのパンはなにかしらをなにかしらした事後現場のようであった。さすがにモザイク。

別の部屋の壁になぜか貼ってある紙に書いてある5本の矢印の向きにこのフックの向きを合わせるとなぜか開かなかったキッチンの引き出しが開いてドライバー手に入るやつが玄関にある家

 CPクリックポイントシビアですか? ド〇イ〇ーってどこで使いますか? などと略語や伏せ字が飛び交うヒント掲示板のフラッシュ脱出ゲームが大好きでした。

1階賃貸

 一度だけ、1階の物件に住んだことがある。夜間道路工事の振動で、ちゃんと固定していなかった買ったばかりのテレビの液晶が割れた。渾身の一発ギャグ「テレビをみるテレビ」(費用総額約9万)

サムネ

 8回後の今の家。

 で、ずっとずっと、引越すたびに今回こそはと目指している、持ち込み品、いわゆる内装、インテリアについてのあれこれを、そもそも書きたいことの肝として思いついたのが本文章の発端なのだけど、たどり着くのに時間がかかりすぎてどう見ても文字数オーバのため、またいずれ気が向いたらしたためめようと思う。

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