IKASUI

ゲスト

 昨日、誕生日を迎えて26歳になった。なんとか大学を4年間で卒業し、今も勤務している高校に就職してから約4年。俗世的なことを言うようだが、長かったようであっという間の26年間だった。一般的かと問われればそうではないだろうが、比較的裕福な家に長男として生まれ、幸福な家庭で育ててもらった。高校時代から今も交流が続く、気の許せる友人にも恵まれた。昨日も彼らに私の誕生会を開いてもらったばかりだ。「26歳にもなって」と思われそうだが、いくつになっても誕生日を祝われるのはうれしいものだ。思い出話に花が咲く。個性が強い科学担当の教諭の話。あの先生は学生間のゲームやアニメの話にも付き合ってくれた。2年の時の別のクラスの担任と学年主任が、研修旅行の下見、いわゆる実踏でデキていたんじゃないか、という根も葉もないうわさ。当時はそれでも大盛り上がりだった。そんな懐かしい話題が飛び交っていたのだが、実際、私はその他の話を覚えていないほど上の空だった。私は1人の友人のことを思い出していた。彼女の名前は「陽葵(ひまり)」。今もよく聞く名前ではあるが、当時は名づけランキングトップの名前だった。苗字はもう思い出せない。私は人の名前を覚えるのがとても苦手だ。卒業アルバムのPDFを見ればわかることなのだが、何処となく敗北を感じるので自分の脳に任せることにした。誕生会にてそのPDFをモニターに映す流れがあったのだが、ネタバレを回避するために必死に自分の顔写真ばかりを見つめていた。少しオカルティックな行動だったと思う。話を戻そう。彼女の何がそんなに気がかりなのか。それは、なんてことはない一言が発端だった。

 細かいことは覚えていないが、高校1年生の中頃だったと思う。私はコミュニケーションが得意ではなかったが、そんな受け身な私でも友人は決して少なくはなかった。今思えば、環境に恵まれていたと思う。そんな中でできた友達の一人が、陽葵だ。確かテスト勉強で教室で残ったのがきっかけだったと思う。

 彼女は当時、インターネットで流行ったアイテムは既に所有しているほど、流行に貪欲な女子だった。そんな彼女だったが、校外で食事を共にする際、いつも口癖のように言ってくるセリフがあった。食べ終わった後に毎回下腹部をポンポンと叩いてスカートのホックを外し、「ウチ、胃下垂やねん。」と言うのだ。最初はただ、「大変そうだな。」なんて当たり障りのないことばをかけていた。内心は、胃下垂という症状をこの目で見るのは初めての事であったので、いろいろ聞いてみたいという好奇心があった。しかし、男子相手ならともかく相手は女子だ。当時はそこまで仲が良かったわけではなかったので、「気を使った」というのが真相だ。そんな会話が食事のたびに幾度となく繰り返された。もう一生分の「胃下垂」という単語をそこで摂取した気がする。

そして月日は流れ高校2年の中盤。確か修学旅行でグアムへ行ったときのことだ。ここで事件が起きた。私は知識がないので大災害のように感じていたが、もしかするとこれは必然だったのかもしれない。それは旅行2日目、夜のホテルバイキングの時間だった。先生の指示で席を順に立ち、料理の並ぶテーブルへと向かう。混雑回避のために最初だけは順序が決められていたのだ。私の組の順番は終わっており、目前には子供が茶色のクレヨンのみを使用した塗り絵のような盛り合わせの皿が鎮座し、食事開始の合図を待っていた。8人ほどが食事を囲んでいる大きいテーブルは、何となく緊張してしまう。その時、陽葵がこちらへ歩いてきた。両手で食事の乗ったお盆を支えている。今は彼女の組の番だ。歩いて来たこと自体は別に不自然ではない。問題は彼女のお盆の上だ。おかしい。明らかに量が多すぎる。いつも胃下垂を気にして食事の量を抑えている彼女の普段と比べると、2倍近くあるのではないか。私はその刹那、「そういうボケ」なのではないかと悟った。これはツッコミ待ちなのだろう。そう勝手に納得した私は、彼女に「いや、胃下垂の量ではないだろ。」と、特に捻りもない言葉を口にした。恐らく笑いながら私の皿へ分けてくるのだろう、などという安直な予想は、恐ろしい言葉によってかき消された。「ウチ、胃下垂治ってん。」私は耳の近くで発砲されたかのような衝撃を感じた。当時の私にはそれほどの威力だった。なぜ、なのか。そもそも胃下垂って治るものなのか。治したのか、自然と治ったのか。望んだ結果だったのか。そんな思考の波が、私の脳の砂浜を急激に侵食していった。観光客は全滅だ。その後のことはあまり覚えていない。どんな言葉を返したのか。そしてその言葉になんと返答されたのか。そんなことは胃下垂逝去カミングアウトに比べればただの戯言に過ぎない。とてもショックだったことは覚えている。なんと例えれば良いだろう。そうだな。今までそういう生き物そのものだと信じていたマスコットから、手ぬぐいを頭に巻いた中年男性が出てくるのを見てしまった気分だ。正確には全然違うのだろうけど。

 その日から何となく彼女とは距離が遠くなった。ホテルで話した瞬間に、彼女の何かが変わったわけではない。少なくともそれよりも前に、胃下垂は治っていたのだ。治っていた。そう、治った後だったのだ。彼女が「胃下垂が治った報告」をしていなければ、昨日の誕生会にも来ていたかもしれない。私は彼女の胃下垂が治ったという事実をどうしても受け入れられなかった。怖かった。今まで東から登っていた神々しい太陽が、西からどす黒い立方体となって転がってくる。怖い。悔しい。悲しい。恐ろしい。私の知る「陽葵」は、あの日、死んでしまったのだ。

――冷蔵庫から昨日の残りのケーキを取り出す。そこへ顔を埋める。肺を生クリームで満たす。

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